金沢箔の歴史

金沢箔の歴史

金・銀箔が、日本においていつ頃から作られたかは明らかではありませんが、金・銀箔が日本の文化史上に重要な役割を果たしてきたことは、数多くの文化遺産の中に、その実証を見ることが出来ます。

古くは、天平勝宝四年(七五二年)大仏開眼供養が行われた東大寺大仏殿の鴟尾(しび)も金箔によって燦然(さんぜん)と輝いていたと伝えられ、また、日本仏教に大きな稔りをもたらした唐の高僧、鑑真和上によって創建された唐招提寺(とうしょうだいじ)の本尊、盧舎那仏(るしゃなぶつ)、千手観音(せんじゅかんのん)等、飛鳥、天平文化を彩る寺院建築や仏像彫刻、更には、平安時代の平泉の中尊寺金色堂、室町前期北山文化を代表する金閣寺や、桃山時代の豪華絢爛たる屏風、襖絵、江戸時代の日光東照宮や飾棚、手筥(てばこ)、蒔絵、屏風をはじめとする調度品などの美術工芸品等々、金箔は、その芸術性を高めるための重要な資材としての役割を果たしてきました。さらに、日本の建築、家具、調度品、器物の多くが木を素材としていることから、漆とともに金箔がそれらの文化遺産の耐久性を高め、日本の重要文化財を現代に伝えるための大きな役割を果たしてきたものと高く評価されています。

参考:石川県箔商工業協同組合

詳しくは、金沢市立安江金箔工芸館の「金沢と金箔」に詳細が掲載されています。